映画『プラダを着た悪魔2』が教えてくれた、夢をかなえた先にある“世知辛い現実”の愛し方【横川良明】

映画『プラダを着た悪魔2』が教えてくれた、夢をかなえた先にある“世知辛い現実”の愛し方【横川良明】

かつて世界中の働く女性のバイブルとなった映画『プラダを着た悪魔』から20年。

待望の続編で描かれるのは、煌びやかな世界の裏側にある、アルゴリズムや効率(タイパ)に翻弄される「現代のリアル」そのものだ。

今回は、『Woman type』で長年、働く女性たちの葛藤や変化を言葉にしてきたライター・横川良明さんが『プラダを着た悪魔2』の映画レビューを執筆。

かつて会社員としてアンディのように泥を這い、現在は書き手として活躍する横川さんが、自身の20年を重ねて綴った、青臭くも愛おしい「私たちの戦い方」とは。

横川良明

横川良明

1983年生まれ。テレビドラマから映画、演劇までエンタメに関するインタビュー、コラムを幅広く手がけるフリーライター。著書に『自分が嫌いなまま生きていってもいいですか?』(講談社)、『人類にとって「推し」とは何なのか、イケメン俳優オタクの僕が本気出して考えてみた』(サンマーク出版)、『役者たちの現在地』(KADOKAWA)など■X

20年前、ニューヨークを駆け回るアンディは、僕の憧れだった

2006年、『プラダを着た悪魔』が日本で公開されたとき、僕は新卒1年目だった。就職先は、バラエティ番組の制作会社。一流モード誌『ランウェイ』と同じ、見た目は華やか。中身は、キツい肉体労働。

社会に出た僕が初めて覚えたのは、取材アポのとり方と鬼のようなディレクターのタバコの銘柄。ロケや収録の直前はいつも会社に泊まり込み。2日寝てないくらいのことは日常茶飯事で、あまりに眠すぎて、ロケの最中、トイレで10分だけ寝たこともあった。

だから、『ランウェイ』のカリスマ編集長・ミランダ(メリル・ストリープ)に振り回されるアンディ(アン・ハサウェイ)の物語は、なんだか自分のことみたいだった。

デスクに放り投げられるコートとバッグも、オフの夜にかかってくる電話も、押しつけられる無理難題の数々も、全部自分も経験したことで、同じように頑張っている人がいるというだけで勇気がもらえた。

プラダを着た悪魔2

結局、ADの仕事は1年足らずで辞めたけど、その後、僕が南青山、銀座、丸の内とやたらと会社のアドレスにばかりこだわって転職を繰り返したのは、間違いなく『プラダを着た悪魔』の影響だった。

ニューヨークの街並みを駆け回るアンディみたいに、せめて洗練された都会のオフィス街でスタバ片手に練り歩く自分を満喫したかったのだ。ハイブランドなんて一着も持っていなかったけれど。

あれから20年。『プラダを着た悪魔2』が公開された。

新米アシスタントだったアンディは、ジャーナリストの夢を叶え、業界内の賞を獲得するなど高い成果を上げていた。とは言え、硬派なジャーナリズムなんてお金にはならない。

アパートの蛇口をひねれば鉄錆混じりの赤水が流れ、契約先からは一斉解雇の憂き目に。夢は、叶えてからのほうが案外世知辛い。

一方、古巣の「ランウェイ」もまた逆風に晒されていた。『ランウェイ』の記事が炎上したことをきっかけに、ミランダにバッシングの嵐が吹き、信頼は失墜。色褪せた威光を取り戻すための切り札が、アンディだった。

積み上げてきた報道記者としての手腕を活かし、アンディは『ランウェイ』を復活させられるか。『プラダを着た悪魔2』は、崖っぷちからの逆転劇だ。

20年前に僕たちが思い描いたのって、こんな未来だったっけ?

キャリアを積んでうれしいことの一つは、以前は仰ぎ見ることしかできなかった相手と肩を並べて仕事ができることだ。20年ぶりに再会したミランダは、相変わらずの鬼編集長。

ミーティングは、編集会議という名の公開処刑。アンディの書いた渾身の記事も、閲覧数が低ければバッサリとぶった斬られる。時代を牽引するカリスマの辞書に、温情の2文字はない。

それでも、ただの雑用係だった頃とは確実に関係性が変わっている。ミランダはアンディのバイタリティとフットワークを認め、二人で『ランウェイ』最大の危機に立ち向かう。主従から共闘へ。一人の働く女性同士として心を通わせ合うミランダとアンディに胸が沸き立つ。

プラダを着た悪魔2

この20年で、僕も変わった。ボスに殴られてばかりのへなちょこADからライターへと転身し、『ランウェイ』のようなモード誌でも仕事をするようになった。

実際のところの撮影現場は映画みたいに豪勢ではないけれど、それでも一流メゾンの新作を身にまとい、フラッシュを浴びながらポージングを決めるタレントと、おびただしい数の関係者に囲まれて仕事をしていると、憧れていた『プラダを着た悪魔』の世界に入り込めたような気がして、気分が上がる。

初めて雑誌に自分のクレジットが入ったのは、もう10年以上前だろうか。数ページのインタビュー企画だったけど、大好きだった映画誌に自分の名前が入っていることがうれしくて、記念に3冊も買った。その3冊は今も捨てずに本棚の奥にしまってある。仕事は、いつも僕に味わったことのないドキドキを与えてくれた。

でも、仕事なんてそんなに楽しいことばかりではないことも、40を過ぎた僕はよくわかっている。

この20年で、学生の頃に読んでいた雑誌がいくつも休刊に追い込まれた。Webだってオウンドメディア全盛期はとうの昔に過ぎ去って、どこも青息吐息だ。

気ままにルールの変わるアルゴリズムに翻弄され、伸びないインプレッションにジリジリする。心を込めて書いた記事がまるで拡散されず、タイムラインの遥か彼方へと消え去っていったことも一度や二度じゃない。

何年やっても原稿料は上がらないし、それどころかAIだなんだと世間はやたらやかましい。今ではインタビューを外注に出さず、音源をもとにAIに記事を書かせるところも増えてきた。10年後どころか、5年後、この仕事を続けられているかどうかもいよいよ怪しい。

ねえ、アンディ。20年前に僕たちが思い描いたのって、こんな未来だったっけ?

仕事が好きなのは、決してダサいことじゃない

プラダを着た悪魔2

初めて入った会社を辞めた日の、もうどこにも行けない気がした絶望感。次の転職先で、上司に3時間立ちっぱなしで説教された日の、このまま消えてしまおうと思った虚無感。2度目の転職先で、自分だけ営業ノルマが達成できずに泣いた日の、この世に向いている仕事なんて一つもないんじゃないかという無力感。

振り返ってみると、20代なんてしんどいことばかりの暗黒期だった。プラダも、シャネルも、ディオールも、まるで手が届かない。安物の革靴を履いて、目のくらみそうなビル街に飲み込まれないように必死だった。

それでも、合間に書いた広告のコピーを褒められて、初めて自分にも評価してもらえる何かがあるんだと舞い上がった。文章なら、僕もこの社会の片隅にいることを認めてもらえる気がした。僕にとって、仕事は自分の居場所を見つけるものだった。

アンディのことが好きなのも、彼女が仕事を通して自分の価値を証明しようとしていたからだ。

気乗りのしないファッションの仕事。でも、ここで成果を上げれば、きっとジャーナリストの道につながる。そう信じているから、どんなハードな要求も彼女は乗り越えた。仕事は、彼女の人生だった。

プラダを着た悪魔2

今時、仕事は人生なんて言ってもけむたがられるだけだろう。本気で働けば「社畜」と笑われ、プライベートを犠牲にしていると「ブラック」と白い目を向けられる。仕事だって、タイパとコスパの時代だ。

でも、20年後のアンディは変わらずに戦っていた。AIという脅威に負けず、PVという虚栄にも心を売り渡さず、自分のファイティングスタイルを貫いていた。

それが、うれしかった。仕事に打ち込んできた僕の20年をちょっと認めてもらえた気がして、なんだか乾杯したい気分になった。

仕事が好きなのは、決してダサいことじゃない。仕事に全力をかけることも、ちっとも恥ずかしくない。タイパもコスパも知ったこっちゃない。

汗をかいて駆け回り、何本も何十本も電話をかけて、やっと一つのチャンスを掴む。どれだけテクノロジーが進化しても、大切なことは変わらない。熱意と誠意が、人を動かすいちばんの武器なんだ。

AIは、人間の仕事を奪う脅威じゃない

プラダを着た悪魔2

この間、自分の取材した音源をChatGPTに投げて、試しにインタビュー記事を書いてもらった。まるで自動販売機でコーヒーを買うようなスピードで記事は出来上がり、ソツなく内容もまとまっていた。なるほど、確かにこれだけのものをAIが書けるなら、もうライターなんてお払い箱かもしれないと妙に納得した。

でも、不思議と絶望はしなかった。むしろ湧いてきたのは、闘争心だった。オッケー。AIがこれだけのものを書けるということは、逆に言えばこれ以上のものを書けるなら、まだまだ僕もリングから降りずにすむということだ。

AIが拾いきれない話し手の仕草や表情を。行間の隙間にこぼれ落ちてしまうニュアンスを。何より面と向かって対話をする時間を割いてくれた話し手へのリスペクトを。どれだけ取りこぼすことなく、記事に込められるか。人肌でしか感じることのできない温度を再現する。

AIは、人間の仕事を奪う脅威じゃない。もっと自分の仕事の精度を高めるための競争相手なんだと思ったら、急にモチベーションが湧いてきた。このファイティングスピリットは、間違いなくアンディがくれたものだ。

かつてアンディに憧れた同世代の仲間へ。みんな、仕事はどう? 大変?

キャリアを重ねてもナメられることはしょっちゅうで、あの頃に見たミランダのような威厳なんてまるで身につかないなって途方に暮れることばかりだけど、でもまあ、それでもやっぱり「仕事が好き」って言い続けていこうと思うんだけど、どう思う?

そして今、20代の働く人たちへ。あなたたちが『プラダを着た悪魔2』を観たらどう思うのかなって、ちょっと聞いてみたいです。

ひと世代前の人たちの話だって思うのかな。でも案外、こんなふうに夢中になって働くのも悪くないって思っている人はいる気がするんだけど、どう? 

もしハマったら、会社の先輩に感想を伝えてみてください。きっといつもよりテンション爆上げで話してくれる人がいるんじゃないかな。

僕は僕で、もう少しこの仕事を続けてみようと思う。未来は見えないし、悩みは絶えない。でも、そんな迷路の中でジタバタしているのも悪くない。

今日も取材だ。カバンは、デイリーユースのカジュアルブランド。服も1万円未満のプチプラで、金銭感覚は学生の頃からまるで変わっていない。相変わらずプラダもシャネルもディオールも縁遠いけれど、そんな今の自分を案外気に入っている。

映画『プラダを着た悪魔2』大ヒット公開中!

プラダを着た悪魔2

映画『プラダを着た悪魔』のラストで『ランウェイ』を離れると決めたアンディは、その後、夢を掴むことができたのか?

公開から20年の節目に、長らく待ち望まれた続編がついに完成!

監督は前作と同じデヴィッド・フランケル。アンディを共感度満点に演じ、その後オスカー俳優となったアン・ハサウェイに、ミランダ役のメリル・ストリープ、さらにエミリー・ブラント、スタンリー・トゥッチというおなじみの面々が再集結。

そこにミランダの夫役ケネス・ブラナー、そしてレディー・ガガら強力キャストが加わり、ゴージャスな新章の幕が開く。

NYマンハッタンを舞台に、メットガラを彷彿とさせるショーなどめくるめくシーンを満載しながら、この20年でデジタル化が急加速した出版業界で、“働く女性のバイブル”はどう進化したのか。

『プラダを着た悪魔2』は、2026年、あらゆる人のモチベーションを高める作品として降臨する!

■公開日:2026年5月1日(金)
■監督:デヴィッド・フランケル
■脚本:アライン・ブロッシュ・マッケンナ
■キャスト:メリル・ストリープ、アン・ハサウェイ
エミリー・ブラント、スタンリー・トゥッチ
トレイシー・トムズ、ティボー・フェルドマン
ケネス・ブラナー、シモーヌ・アシュリー
ジャスティン・セロー、ルーシー・リュー
パトリック・ブラモール、ケイレブ・ヒーロン
ヘレン・J・シェン、ポーリーン・シャラメ
B・J・ノヴァク、コンラッド・リカモラ
■配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン
■公式HP:https://www.20thcenturystudios.jp/movies/devil-wears-prada2
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