最近の適応障害の特徴は“突然辞める”? リモートでも異変を見逃さないためにマネジャーができること【精神科医 藤野智哉】

最近の適応障害の特徴は“突然辞める”? リモートでも異変を見逃さないためにマネジャーができること【精神科医 藤野智哉】

「適応障害」という言葉を耳にする機会が増えてきた。女性の方が診断される割合が高いともいわれており、働く女性にとっても決して他人事ではない。

環境変化に伴うストレスにより心身に不調が現れる状態のことを指すと言われているが、近年は、周囲が気づかないまま一人で不調を抱え込み、ある日突然限界を迎えて、職場を離れてしまうケースも増えているようだ。

SNSでは、こうした状態を指して「令和の静かな適応障害」という言葉も話題になった。

リモートワークの普及や職場でのコミュニケーションの変化により、部下の小さな異変に気付きにくくなっている今。 せっかく迎えた新しい仲間の離職を防ぐために、マネジャーには何ができるのだろうか。

今回は、SNSで「無駄に悩まない生き方」を発信し、多くの支持を集める精神科医の藤野智哉先生に、適応障害の前兆となるサインの見極め方と、周囲ができる適切な対応について聞いた。

精神科医、産業医、公認心理師の藤野智哉先生

藤野智哉先生

精神科医。産業医。公認心理師。秋田大学医学部卒業。現在は精神科病院で副院長を務めるかたわら企業の産業医としても活動。自身の経験と精神科医としての知見をもとに、生きづらさやメンタルヘルスとの向き合い方について発信しており、メディア出演も多数。 著書に『「誰かのため」に生きすぎない』『「そのままの自分」を生きてみる』『人生が自動的にうまくいくレッスン』(いずれも、ディスカヴァー・トゥエンティワン)など ■X

医者が「ここからが病気」と診断するライン

編集部

そもそも「適応障害」とは、どういったものなのでしょうか。

藤野先生

適応障害とは、明確なストレス要因に対する反応として症状が現れ、生活や仕事に支障をきたす状態のことを指します。ストレスが過度にかかれば、誰にでも起こる可能性があります。

編集部

女性の方が患者が多いという話も聞きますが、そういった傾向はあるのでしょうか?

藤野先生

はい、確かにデンマークの研究などで、女性の方が割合として高い可能性があると指摘されています。

編集部

働く女性たちにとって、決して他人事ではないですね。適応障害が重篤化するとうつ病になる、なんていう話も聞いたことがあります。

藤野先生

うつ病は、元々は脳の伝達機能や遺伝素因など、内因的な要素も大きく関係して発症する病気とされてきました。一方適応障害は、ストレスに対する反応として生じる、心因性の側面が強い疾患です。

例えば、強いストレスがかかると、お腹が痛くなったり眠れなくなったりしたことはありませんか? そういったさまざまな反応が、複合的に日常生活に支障をきたすほど強くなった状態を、適応障害と呼んでいます。

編集部

根本の原因が違うんですね。適応障害には、明確な診断基準があるのでしょうか。

藤野先生

さまざまな要素がありますが、明確なストレス要因に対してそのストレスが始まって3カ月以内に症状が出現することが一つのポイントになります。

症状の現れ方としては、感情のコントロールが難しくなる、突然涙が出るなど情緒面に出るケースもあれば、出勤できなくなる、暴言や衝突が増えるなど、行動面に現れるケースもあります。

本来であれば、突然叫びたくなっても我慢しますし、会社に行きたくなくても時間になればベッドを出ますよね。でも、その「しんどさ」を乗り越えられなくなってしまう場合は、適応障害の可能性が出てきます

編集部

しんどさに負けそうになることは誰でもあり得ますし、「ここからが病気」という線引きが難しそうですね。

藤野先生

そうですね。どこからを病気とするかという難しさはありますが、日常生活に支障が出るレベルまで症状が強くなった場合に、適応障害と診断されることが多いです。

ただ、ストレスによって疲弊するのは、人間として自然な反応です。一定のラインを超えてしまったら、少し休養が必要なんだと捉えてもらえたらいいと思います。

適応障害はストレス要因が比較的はっきりしているので、そこから離れれば、半年ほどで症状が消失すると言われていますよ。

上司が見逃しがちな、適応障害の初期サイン

編集部

これまでの適応障害は、会社で涙が止まらなくなったり、会社を休みがちになったりと、目に見えるサインがあった印象です。

最近の適応障害は、「何の前ぶれもなく突然辞めてしまう」という話も聞きますが、時代によって適応障害の現れ方は変わるものなのでしょうか。

藤野先生

基本的には、適応障害の診断基準は大きく変わっていません。時代によって変化しているというエビデンスも、現時点ではないです。

編集部

では、なぜ最近の適応障害はサインが見えづらいのでしょう……?

藤野先生

昭和や平成の会社は、良くも悪くも上司との距離が近かったですよね。飲み会でプライベートなことまで聞かれるような、かなり密な人間関係があった。そうした環境では、ちょっとした変化にも気づきやすかったのでしょう。

しかし令和の時代では、コロナ禍を経て飲み会が減り、リモートワークも増えました。人間関係が比較的希薄になり、小さな異変が見えにくくなったのかもしれません。

編集部

なるほど。適応障害の症状が変わったというより、コミュニケーションの変化によって、周囲からは「突然辞めた」ように見えやすくなった、ということですね。

藤野先生

実際、突然休んだり辞めたりしやすくなった側面もあると思います。今は退職代行もありますし、精神科も以前より身近になって、診断書をもらうハードルも下がりました。

さらに、SNSの影響も大きいですね。会社がつらくなったときの休職方法などの情報が、SNS上にはたくさんありますから。

藤野先生

また、昔だったら一番身近な仕事上の相談相手は会社の人でしたが、今はSNSで匿名で打ち明ける人も増えています。そこで共感してもらい、背中を押され、会社の人には何も言わずに辞めてしまうこともあるでしょう。

そうなると、会社側から見たら突然に見えても、本人のSNSにはすべての経緯が書いてある、なんてこともあり得るかと思います。

編集部

適応障害のサインを見つけるのは、ますます難しくなっているのですね。

では、マネジャーたちが初期症状を見逃さないためには、メンバーのどんな変化に注意すべきなのでしょうか。

藤野先生

初期は、だんだん脳の回転が遅くなっていきがちです。分かりやすい変化としては、仕事のミスが増える、遅刻が増えるなど、以前は普通にできていたことがスムーズにできなくなることですね。

頭の回転が遅くなってくると、複雑な思考ができなくなります。雑談が広がらず会話が短くなることもあれば、逆に話が冗長になってまとまらない話をずっとしていることもあります。

藤野先生

精神科医としては、受診時の身だしなみにも注目しています。これまできちんとしていた人が、髪がボサボサだったり、ノーメイクだったりする。そうした些細な変化が、重要なサインになるんです。

編集部

身だしなみは確かに分かりやすい指標になりますね。

藤野先生

そうなんです。入浴や掃除、郵便物の整理など、普段特に気にせずにできていたことって、実は結構エネルギーを使う行為なんですよ。

また、感情のコントロールが難しくなるので、イライラしやすくなったり、ちょっとしたことで涙が出てきたり……といったことが増えていないかどうかも注目するといいと思います。

上司の「自分が何とかしなければ」が、部下を追い込む

編集部

フルリモートの会社など、顔を合わせる機会が少ない場合、前兆に気付く難易度は上がりそうです。

藤野先生

小さな変化に気づくのはなかなか難しいので、普段からのコミュニケーションがとても大切です。

リモート環境でも、メールだけで済ませるのではなく、定期的に顔を合わせて話す機会をつくること。日頃から雑談できる関係性を築いておくことが、結果的に小さな異変に気づく助けになると思います。

編集部

コミュニケーションの中で前兆が見えてきたときは、どんな対応を取るのがベストなのでしょうか。

藤野先生

難しいところですが、初期段階であれば、まず本人がどんな状態にあるのかを聞いてみることは大切だと思います。

ただ、「何かあったら相談してね」と漠然と声をかけるより、「ご飯は食べられている?」「ちゃんと眠れている?」など、イエス・ノーで答えやすい質問の方が、本人も話しやすいでしょう。もちろん、プライベートに踏み込みすぎない範囲で、ですね。

藤野先生

その一方で、上司として「自分が何とかしてあげなければ」と抱え込みすぎないことも大切です。最終的には、専門家につなげることがいちばん重要です。

助けようとして過度に踏み込んでしまうと、かえって相手にプレッシャーを与えてしまうこともあります。だから、話を聞いてみて「かなりつらそうだな」と感じたら、専門機関の受診を勧めてほしいですね。

編集部

近い立場の人には本音を打ち明けづらかったり、利害が気になってしまったりすることもありそうですもんね。

藤野先生

そうですね。最近は、社内に相談窓口を設けている企業も増えています。ただ、制度自体を知らない人もいますし、「相談すると社内に内容が広まるのでは」と不安に思って、利用をためらう人も少なくありません。

本当にしんどくなってからでは、自分から助けを求めること自体が難しくなります。だからこそ、普段から「どこに相談できるのか」を周知しておくことも、とても大切だと思います。

編集部

中途入社者を迎えたタイミングのオリエンテーションの中に、メンタルに不安を感じた時の相談窓口の周知を組み込んでおいても良さそうですね。

藤野先生

いいと思います。初期段階のうちに第三者に気軽に相談できれば、「上司に相談することへのハードルが高くて症状を悪化させてしまった」という結果を防ぐことに繋がりますから。

編集部

その他にも、新入社員を迎えるにあたって、上司側で意識しておくといいことはありますか?

藤野先生

期待している役割の認識がズレないよう、早いタイミングでしっかりすり合わせておくといいと思います。

会社側が求めていることと、本人が「自分はこう期待されている」と受け取っていることが食い違うことで、本人が必要以上に責任を背負い込んでしまう。そして、「もっと頑張らなきゃ」と無理を重ねた結果、つぶれてしまうことも少なくありません。

編集部

これは新入社員に限らず、あらゆる上司・部下のコミュニケーションでも言えそうですね。

藤野先生

はい。今は、コントロールできないことに振り回され、疲弊している人が本当に多いんです。だから普段から、「今できる範囲はどこまでか」を意識しておくことが大切だと思います。

上司がどんなに気を配っていても、部下の抱えるつらさや悩みを全て把握するのは難しいです。だからこそ、上司にできるのは部下が助けを求めやすい環境をつくること

しんどさを溜め込まずに、早い段階から相談できる環境を整えることから始めてみてください。

取材・文/宮﨑まきこ 編集/光谷麻里(編集部)

書籍情報

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