「ポジション争いなんて、消耗するだけよ」法務大臣・外務大臣を歴任した上川陽子の“戦わない”キャリア論

「ポジション争いなんて、消耗するだけよ」法務大臣・外務大臣を歴任した上川陽子の“戦わない”キャリア論

女性活躍は少しずつ進んできた。けれど、出産や育児、介護など、ライフステージの変化による負担を担いやすい女性は、男性と比べるとキャリアアップのハードルが高くなるケースもまだ多い。とりわけ、女性がマイノリティーな業界や組織では、その傾向は顕著だ。

「男性と同じように成果を出してきたのに」

そんな悔しさやもどかしさを抱えている人もいるだろう。そんな女性に届けたいのが、衆議院議員・上川陽子さんのストーリーだ。

日本の中でも、男性社会の色が強いと言われる政治の世界で、法務大臣を3回、外務大臣を1回務めるなど、重要ポストを担ってきた上川さん。

女性にとって厳しいフィールドを生き抜いてきた彼女だが、意外にも「誰かと競い合うなんて消耗するだけよ」と笑う。

周囲の環境に左右されることなく、上川さんはどのようにして「やりたい仕事」を自らの手でつかみ取ってきたのだろうか。

衆議院議員の上川陽子さん

衆議院議員
上川陽子さん

衆議院議員。東京大学(国際関係論)卒業、三菱総合研究所 を経て米国ハーバード大学ケネディスクールへ留学。帰国後政策コンサルティング会社設立。2000年に衆議院議員初当選(静岡1区)、現在9期目。3期目に内閣府特命担当大臣(男女共同参画・少子化対策)、初代公文書管理担当大臣に就任。その後、法務大臣(3回)、外務大臣などを歴任。

47歳で初当選。当選までの7年半に「仕事の本質」を知った

「上川さんは、ガラスの天井で悔しい思いをしてきたんじゃないですか」

政治の世界にいると、そんなことを言われることもよくあります。

でも実は、総裁選に出馬した以外で、自分からあるポストを求めて誰かに働きかけたといったことはないんですよ。

まして、男性と競い合おうなんて思ったことはありません

「誰が先に出世するか」と、キャリアをポジション獲得の競争で捉えてしまうと、他人と優劣を競い合う消耗戦になってしまいます。そんなのモチベーションが上がらないじゃないですか。

だからこそ私は、自分が信じる絶対的な基準で仕事と向き合ってきました。誰かと競うよりも、オンリーワンの勝負の方がパワーが湧いてきますから。

自分が面白いと感じたことや重要だと思うことに全力で取り組み続けてきたら、ここまでの道のりができていた。そんな感覚ですね。

インタビューに答える衆議院議員の上川陽子さん

私のこのようなスタンスが培われたのは、まだ当選する前。地元を駆け回っていた頃です。

私が政治の道へ進むことを決断したのは40歳の時ですが、初当選したのは47歳。新人が議席を獲得するのは大変な選挙区でしたから、実に7年半の歳月がかかりました。

ただしその間、「地元の支持を得よう」などとは一切考えていませんでした。ただひたすら、私自身がやりたいことに全力投球していただけ

『ゆう・ゆう塾』という勉強会を立ち上げて自分たちの地域を知るためのバスツアーを開催したり、農業関係者と共に循環型農業による地産地消運動を推進したり、ボランティアによる古紙回収のネットワークを構築して効率的に資源をリサイクルする仕組みをつくったり。

地域のためになると思ったことは、全て行動に移しましたね。

地産地消やリサイクルに関する活動は、今でこそどの地域でも当たり前のように行われていますが、当時はまだ重要性が認識されていなかった時代。

現場の声を聞き、消費者や生活者の目線で考えたからこそ実行できた、オンリーワンの取り組みだと自負しています。

インタビューに答える衆議院議員の上川陽子さん

政治とは、口先だけで立派なことを言うのではなく、実際に行動して目に見える成果を出していくこと。そしてその成果を、思いを共有する地元の人たちと皆で分かち合うこと。それが、地域の人からの信頼に繋がっていく──。

そんな「政治家の仕事の本質」を知ることができた初当選までの7年半は、他人との競争に消耗するのではなく、ただ目の前の仕事と向き合い、泥くさく動いていくという私の政治スタンスの土台を築く上で、非常に貴重な期間でした。

自分の意見が言えなかった学生時代。私を変えてくれた出会い

目の前の仕事と誠実に向き合い、行動し続けていると、出会いにも恵まれます。私も数多くの良い出会いがあり、それが自分の可能性を広げる資産となりました。

初当選前の地元の活動で出会った農業関係者の中には素晴らしい女性リーダーたちがいましたし、政界に入ってからも政策や理念を共有できる議員の先生方との出会いがありました。

さらに遡ると、シンクタンクの研究員を経て留学した米国のハーバード大学ケネディスクールで、リーダーシップ論の世界的権威であるロナルド・ハイフェッツ教授の授業を受けたことも、私の政治家としての姿勢に大きな影響を与えてくれています。

今も私のリーダーとしてのあり方の軸となっているのが、授業で学んだ「ダンスフロアとバルコニー」という考え方です。

ダンスフロアは、最前線に立って人々と一緒に夢中で取り組んでいる状態を意味します。しかし、自分が踊りに興じるだけでは、ダンスフロア全体の動きやその中で踊っている自分の姿を見失ってしまいます

ですから、バルコニーから自分の姿を冷静に見下ろす視点も常にイメージしておかなければなりません。リーダーには、それら二つが求められます。 その点が、リーダーと評論家の違いなのです。

インタビューに答える衆議院議員の上川陽子さん

もう一つ印象深いのが、「リーダーシップ」の授業で黒澤明監督の映画『生きる』を観た時のこと。150人ほどの学生がいる中で、ハイフェッツ教授は私を指名し、「あの場面は何を意味するのか」「なぜ主人公はあんな行動をとったのか」と次々に質問したのです。

日本映画なので日本人の私が指名されるのは自然な流れですが、おそらく教授は意図的に、私がしゃべらざるを得ない状況をつくってくださったのだと思います。

当時の私はまだ英語を流暢に話せず、授業でもなかなか手を挙げられずにいました。それに気付いて、発言のチャンスを与えてくれたのでしょう。

そして教授は世界各国から集まった学生たちを前に、こう語りかけました。

あなたの意見の後ろには、同じ考えの100人の声がある。彼らを代表すると思って、自信を持ってぜひ発言してほしいし、自分の言葉にはそれだけの重みがあることを知ってほしい」

ハイフェッツ教授から受け取った言葉の数々は、リーダーとしての基本姿勢や心構えとして、今でも私の中に深く刻まれています。法務大臣や外務大臣として重責を担う立場になってからも、私の大切な指針となりました。

目の前の仕事を一生懸命やっていると、必ず素敵な出会いやチャンスが生まれます。それを見逃さずに、つかみ取る。

そうした経験を重ねていけば、おのずと道は拓けていくのではないかと思います。

インタビューに答える衆議院議員の上川陽子さん

あなたは弾む毬(まり)。どこまでも跳ねていく力がある

きっと皆さんにも、人生の中でたくさんの出会いやチャンスが訪れるでしょう。その機会を活かすには、自己肯定感を持つことが大事です。

「私は経験が少ないから」「環境が整っていないから」「私なんか……」と、自ら成長の芽を摘んでしまわないでほしいのです。

「障壁はあるかもしれないけれど、それを乗り越えてやってみよう」という心の持ち方、しなやかな強さこそが、キャリアの土台として最も大切になってきます。

私は幼い頃から、母の「やってごらん」という言葉に背中を押されて育ちました。

若くして家庭に入り、主婦になった母は、叶わなかった自分自身の社会参加への思いを抱きながら、「あなたを弾む鞠のように育てたのよ」と言って、私には自由にのびのびとどこまでも跳ねていく力があるのだと勇気づけてくれたのです。

インタビューに答える衆議院議員の上川陽子さん

ですから私も母のように、次の世代の皆さんに「もっと自分を大事にして、自信を持って進んでごらん」と言ってあげたい。

もし自信を失っている人がいたら「あなたなら大丈夫。一度立ち止まってもいいから、また挑戦してごらん」と、そっと背中を押してあげたいのです。

そのためにも、社会全体で女性たちを後押しできるような政策を打ち出していきたいと考えています。

誰もが自分の可能性を信じ、活躍できる社会を実現するために、私たち政治家も力を尽くします。ぜひ皆さんも、周囲にとらわれず、自分を信じて、一歩一歩前へ進んでいただけたらと思います。

取材・文/塚田有香  撮影/赤松洋太 編集/光谷麻里(編集部)