市原隼人「仕事が楽しくなくなるのは、悪いことじゃない」本気で働く人に伝えたいこと
キャリアを重ねるほど、仕事には少しずつ慣れていく。できることが増える一方で、入社した頃のような緊張感や情熱を保ち続けるのは、意外と難しい。
そんな中、25年以上にわたって俳優として第一線を走りながら、今なお「慣れることが一番怖い」と語るのが、市原隼人さんだ。
2019年から主演を務める『おいしい給食』シリーズも、今秋放送の『season4』で8年目。長年同じ役と向き合いながら、市原さんはなぜ、毎回“初日”のような本気を注ぎ続けられるのだろうか。
その仕事への向き合い方をひも解くと、キャリアを重ねても「こなす人」にならないためのヒントが見えてきた。
市原隼人さん
1987年2月6日、神奈川県生まれ。2001年に映画『リリイ・シュシュのすべて』で主演を務め、以降多くの作品に出演。近年の主な出演作に、NHK大河ドラマ『べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜』、『もしもこの世が舞台なら、楽屋はどこにあるのだろう』、舞台「中村仲蔵~歌舞伎王国 下剋上異聞~」、映画『正直不動産』など Instagram
視線はいつも「自分以外」の人に向いている
給食を愛してやまない教師・甘利田幸男が、給食をいかにおいしく食べるかに全身全霊を注ぐ――。2019年に始まった『おいしい給食』は、これまでドラマ3シーズン、映画4作を重ねる人気シリーズへと成長した。2026年10月には、待望の『season4』へと突入する。
最初はここまで続くとは想像していなかったです。とにかく目の前のことを必死にやっていれば、どこかにたどり着くだろう。その先にはどんな景色があって、どんな気持ちになれるのだろうと想像しながら、毎回向き合ってきました。
給食を前に喜びを爆発させる甘利田の姿は、とことんコミカルだ。ところが、演じる市原さんにとっては、笑っている余裕などないほど過酷な作品だという。
『おいしい給食』はコメディーですが、私が今までやってきたどんな作品よりも一番ハードです。精神的にも体力的にも、全てを尽くさなければ成立しない。
先のことまで考える余裕はなく、現場では1日1日のことだけを考えて、なんとか明日に這いつくばって向かっていくような感覚でした。
そこまで自分を使い切るように走り続けられるのは、なぜなのか。市原さんが挙げるのは、共に作品をつくってきたスタッフ、そして何より「お客さま(ファン)」の存在だ。
本当に愛に恵まれた作品なんです。信頼するプロデューサーや監督、撮影、照明、録音、美術、衣装、メイク、制作、フード……携わる全ての部署の皆さま。この方たちと一緒じゃなければ成し得なかったと思います。
前作では全国87回の舞台挨拶を回らせていただいて、実際にお客さまにお会いしました。そこでいただいた言葉や、交わした約束に応えたい。その思いが大きかったです。
そうでなければ、全てを投げ打ってでも、この『おいしい給食』というコメディーに賭けたいとは思えなかったかもしれません。
主演でありながら、市原さんの視線はいつも自分以外の人に向いている。撮影を共にした10代の生徒役たちについて尋ねた時も、真っ先に出てきたのはこんな言葉だった。
私は常に、子どもたちが主役だと思っています。10代半ばという繊細で大切な時期に一緒にいさせてもらったからこそ、「現場に行きたい」「芝居がしたい」と思えるような現場をつくることを大切にしていました。
クランクアップを迎えた日、生徒役たちは別れを惜しんで大号泣したという。
「みんなの顔が今でも忘れられない」と振り返る市原さん。そこにあるのは、主演として「自分が輝く」という発想とは正反対の仕事観だ。
本当は「役者になりたいと思っていなかった」
なぜ市原さんは、ここまで徹底して「誰かのため」に仕事をするようになったのだろう。華々しいキャリアとは裏腹に、もともとは人前に出ることさえ苦手だったという。
正直、もともと前に出るのが苦手なんです。人前で芝居をする人生なんて考えたこともなかったですし、しゃべるのも苦手です。
役者になりたいと思ってこの世界に入ったわけではなかったので、最初はどこか中途半端な気持ちでやっていた自分がいたかもしれません。
そんな市原さんの仕事への向き合い方を大きく変えたのが、20代前半の頃に直接届くようになったファンからの声だった。
病室で私の作品を見て笑顔になったとか、目の手術を控えて「もう見られなくなるかもしれないから、最後に市原さんの作品を見ました」と声をかけてくださった方もいました。
ある方からは、長らく会話のなくなっていた子どもと、私の出演作をきっかけに久しぶりに話ができたと聞きました。
そうした一つ一つの言葉によって、市原さんは自身の仕事に、それまでとは違う“重さ”を感じるようになった。
そんな言葉をいただくたびに「自分は何をやってるんだ」って。中途半端な自分を奮い立たせて、目を覚ますきっかけになったのは、皆さまからのお声でした。
それ以来、市原さんは仕事をするとき、必ずその「意味」や「根源」を考えるようになったという。
なぜこの仕事は世の中に存在するのか。自分は誰のために、何を届けるために仕事をしているのか。自分が仕事をする理由を、根本から見直した。
ただ仕事をして、お金をいただいて終わる。それが仕事ではないと思うようになりました。
自分が気持ちいい芝居をして帰って、「今日は達成感があった」と、自分の感情だけで評価してはいけない。私たちは黒子のような存在で、一番喜んでいただくべきはお客さま。そこは履き違えないようにしたいと思っています。
「停滞=後退」何度でも“仕事の根源”に戻る
経験が増えれば、「こうすればうまくいく」という自分なりの型もできてくる。だが、市原さんが仕事で最も警戒しているのは、まさにその「慣れ」だ。現場には常に「初日」のようなヒリヒリとした緊張感を持って立っている。
慣れてパターンにはめることは、後退しているのと同じだと思っています。
だから楽な日は1日もつくりたくないし、全力を出し惜しみしない。自分が向き合っている生業の意味は何なんだろう、誰のために仕事をしているんだろうと、何度でも根源に戻るようにしています。
自分個人の意地だけではなく、役者という職業や、お芝居の世界全体に対する意地を持ちたいんです。初心だけは忘れたくないです。
その姿勢は、「波風を立てないこと」よりも優先される。
『おいしい給食 season4』の撮影中も、市原さんは長年タッグを組んできた綾部真弥監督と、初めて強く意見を交わす場面があったという。
綾部監督のことは心から尊敬していますが、お互いに妥協ができない人間で。
この表現のままお客さまに届けたくないという思いがぶつかって、現場を中断してしまったこともありました。何も言わずにいることで、どんどん甘い関係性になってしまうことは避けたいと思いました。
その後、監督とは改めて言葉を交わし、結果として以前よりも深い関係になれたという。
もちろん、市原さんも「思ったことを全て言えばいいわけではない」と強調する。重要なのは、その意見が誰のためのものなのかだ。
「こだわり」と「わがまま」の違いは、すごく難しいと思うんです。
個人の好みのわがままではなくて、より良くするためのこだわりとして「こうなんじゃないかな」と思うことは、意見として伝えるべきだと。
もちろんリスクはあるかもしれないですが、それによってより深い関係をつくれるのであれば、自分が信じたものを信じ抜くことも大事だと思います。
本気になるほど、仕事は楽しくなくなるもの
では、そんな市原さんにとって、「仕事を楽しむ」とは何なのだろう。
働く女性たちに向けて、仕事を心から楽しみ、本気で向き合うためのアドバイスを尋ねると、返ってきた答えは意外なものだった。
本気で向き合ったら、楽しむことは絶対にできません。
もちろん、楽しむ気持ちは大事だと思います。ですが、本気になればなるほど、苦しくなったり、孤独になったりすることが必ず起きます。
ただ、その「苦しさ」を、決してネガティブなものとは捉えていない。
最初は興味本位だったり、「面白そうだな」という気持ちで入ったものでも、本気になればなるほど、本質的な苦しさや壁にぶつかるようになる。
それは、自分がちゃんと本質と向き合うようになった証拠だと思うんです。
ただし、本気であることと、自分を追い込み続けることは同じではない。
「だからこそ、たまには自分にご褒美を与えてください」と、市原さんは笑う。
私もずっと芝居中心の生活をしていると、自分で居る時間がなくなってしまうので。ジャンクフードでもお菓子でも、好きなものを好きなだけ食べる日をつくったり(笑)
何にも考えず、自分が役者だということすら忘れるくらい、“無”になる時間も大切にしています。
全力で向き合うと、苦しくなる。それでも、好きなものを嫌いにならないように、自分を休ませる。
自分が大好きなことを、いつまでも好きでいられるように。「どんなふうに思われても、自分が好きだと思うものと向き合う時間を大切にしてほしい」と続ける。
そして最後、市原さんが教えてくれたのが、『おいしい給食 season4』に登場するある言葉だった。
作中に「正解を選ぶことが正解なのではなく、選んだ道を正解にすることも一つの答えなんだ」というセリフがあるんです。
自分が信じた道を、正解にしていく。そういう道の歩み方もあるんじゃないかなと思います。
仕事が楽しくなくなったら、「向いていない」と思ってしまうことがある。人とぶつかったら、「黙っていた方がよかった」と後悔することもある。
けれど、それだけ本気で仕事の奥へ進んだからこそ見えてくるものもあるのかもしれない。
誰のためにこの仕事をしているのか。何を届けたくて、ここにいるのか。
迷った時は、市原さんのように一度そこまで戻ってみる。その積み重ねが、いつか自分の選んだ道を“正解”にしていくのかもしれない。
取材・文/根津香菜子 撮影/笹井タカマサ 編集/大室倫子(編集部)
ドラマ『おいしい給食 season4』2026年10月より放送
給食を愛する中学校教師・甘利田幸男と、同じく給食マニアの生徒が、どちらが給食をよりおいしく食べるかを競い合う学園グルメコメディ。ドラマ3シーズンと劇場版4作品を経た新シーズンでは、舞台を極寒の函館から南国・沖縄へ移す。物語の時代も1984年から1992年へ進む。
「おいしい給食 season4」は2026年10月よりテレビ神奈川、TOKYO MX、BS12 トゥエルビ他にて順次放送。
また、新シーズン放送を記念して、Netflixにてドラマ3シーズン、劇場用映画3本が配信中。2025年秋公開『おいしい給食 炎の修学旅行』が8月5日(水)までU-NEXTにて独占配信中!
【期間限定フル】おいしい給食1 第1話 「海の王者、鯨の竜田揚げ」 主演:市原隼人 学園グルメコメディドラマ!【公式にて無料配信中】
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