10 APR/2017

【古市憲寿×田中俊之対談:前編】仕事と家庭の両立、女性はこれ以上我慢しなくていい

高額な出産・育児費用、地獄の保活……現代の日本社会は、働く母に「異様に厳しい」社会と言われる。

実際に子育てをしていない未婚女性にも「明るい未来を想像できない」、「進んで子どもを持とうと思えない」という若者も少なくない。

女性たちがもっと自然に「働くこと」と「産み、育てること」を両立できるようになるためには、何を変えていく必要があるのだろうか?

新著『保育園義務教育化』で日本の少子化問題に一石を投じた社会学者・古市憲寿さんと、男性学の第一人者で1児の父として仕事と育児の両立を模索中という田中俊之さんに、ワーキングマザーを取り巻く日本の現状について議論してもらった。

【古市憲寿×田中俊之対談:前編】

【写真左】古市憲寿さん
1985年東京都生まれ。若者の生態を的確に描出し、クールに擁護した著書『絶望の国の幸福な若者たち』(講談社)などで注目される。日本学術振興会「育志賞」受賞。『保育園義務教育化』(小学館)では、女性が置かれた理不尽な状況を描き、その解決策を示した
【写真右】田中俊之さん
1975年生まれ。大正大学心理社会学部准教授。社会学の「男性学」研究を専門とする。著書に『男が働かない、いいじゃないか!』(講談社+α新書)がある

仕事と家庭の両立は“ホラー”?

――仕事と育児の両立に漠然とした不安を抱えている女性は多いものです。古市さんも、著書の中で「今の日本で積極的に子どもを持ちたいとは思わない」と発言しています。女性、男性に限らず、いまこの国で若者たちが進んで子どもを持とうと思えない理由とは何でしょうか?

古市:僕の同世代はいま30歳前後。周りにも悩んでいる女性が多くいます。

仕事をこのまま続けるのか、結婚・育児を優先するのかの選択を迫られているからです。男性なら「どちらも」ということができるのに、女性ではなかなか「どちらも」というわけにはいかない。不公平ですよね。

田中:古市さんは僕の10個ほど下の世代ですけど、「結婚・出産がキャリアのターニングポイントになる」と感じている女性は周りに多いんですか?

古市:「結婚か仕事か」で考えている人は多い印象ですね。

実際問題、子どもが生まれた時に育児休暇を1年取るような男性は少数派ですしね。特に、既に結婚・出産をしている先輩たちの経験談はまるでホラーのように聞こえる。

「保育園が見つからない」、「夫が育児を手伝わない」、「とにかく仕事と家庭の両立が大変!」 といった具合です。「男女平等は当たり前」と思って育った世代が、結婚や出産で初めて男女不平等を突きつけられるわけです。

【古市憲寿×田中俊之対談:前編】

田中:保育園の話はシビアですよね。保育園に預けられないとなると、男女のどちらかが仕事を辞めざるを得ない。一般的には給料の安い方が辞めることになるから、現状として多くの場合は女性がキャリアを諦めることになってしまいます。

古市:特に都市部では保育園不足が深刻です。待機児童は潜在的には100万人いるという試算もありますが、保育園の整備は後回しにされてきました。

保育園不足って、何も働いている女性に限った話ではないと思うんです。本来は専業主婦のお母さんが、リフレッシュのために保育園を一時利用するという選択肢もあっていいはずです。

法律上はそれができるはずなのに、都会の保育園にはそんな余裕がないところばかりです。

田中:そうなんです。かといってベビーシッターの利用料は1時間8000円くらいと非常に高額で、誰でも使えるものではない。

日本は子育てをしている親は「苦労をして当然」という意識がまだまだ根深い。特に母親には厳しい目が向けられることも少なくありません。

【古市憲寿×田中俊之対談:前編】

古市:フランスではベビーシッターに国の補助が出るから、夫婦が夜にデートに出掛けられるという話も聞きますよね。

一方で、日本のベビーシッターは税金の控除の対象にもならない。もちろん家庭によって経済状況は違います。

日本では現実問題、祖父母の助けを借りることが多いと思いますが、どこも親子関係が円満とは限らない。保育園に限らず、もっと「子育てする親」を平等に支える仕組みが整えられるといいですよね。

「出世に響かない・収入が減らない」男性育休取得を加速させるために必要なこと

――国のサポートが十分に得られない状況においては、家庭内で夫婦が支えあう必要がありますよね。でも、日本人男性の育児休暇取得率は3%に満たないのが現状です。隣で妻が困っているというのに、なぜ男性の育児参加は進まないのでしょうか?

古市:田中さんのお子さんは保育園に入れたんですか?

田中:入れなかったんですけど、ちょうど妻の会社の制度が変わって育休期間が3年に延びたので、彼女が家で見るという形をとっています。

子どもが生まれたのが1月で、僕が働く大学は2、3月が休みなので、最初のうちは自分も育休のような形で育児に関わることができました。

【古市憲寿×田中俊之対談:前編】

古市:実際にやってみてどうでした?

田中:子どものことというより、産後に妻の体力がなかなか回復しなかったので、そのケアができたことが大きかったです。

逆にいえば、世の多くの男性が育休を取らないということは、つらい時期の女性たちを放置していることになります。それが恐ろしいと感じましたね。

古市:産婦人科医の宋美玄さんがよく言っていますが、日本では母体の産後ケアという意識が薄いですよね。

多くの女性は里帰り出産をしているわけですが、当然、親を頼れない人もいるわけです。

一方で男性の育児休暇取得率は3%未満。「出産は実家に帰れば何とかなるでしょ」という前提でまわっている社会は不健全だと思います。

【古市憲寿×田中俊之対談:前編】

田中:そう思いますね。僕も自分の経験を通して、社会は女性の我慢を前提に回っているんだと実感しました。

古市:ただ一方で男性からすれば、会社での立場を考えると育児をしたくてもできないという側面もある気がします。

田中:それは僕がまさに今直面している問題です。子育てに時間を割くということは、そのぶん仕事をセーブするということです。

すると仕事の評価が上がらず、特に30・40代の働き盛りのサラリーマンであれば、その後の出世にも響く。

それは世帯の収入が減ることを意味しますから、仕事をセーブすることが家庭にとって幸せかどうかの判断も難しいですよね。

まずは、収入が減らないことを前提に、仕事だけでなく家庭にもコミットした男性を評価するような企業文化が醸成されると、もっと育児休暇を取得する男性が増えるのではないかと思います。

古市:出世や収入の悩みは女性が抱えている問題そのものだと思うんですが、男性についても同じことが言える、というわけですね。

田中:男性の育休取得が進まないのには、そもそも男性が育休を取れるということ自体を知らない人が多いというのも現実のようです。レベルの低い話ではありますが、企業はまず、周知するところから始めないと。

【古市憲寿×田中俊之対談:前編】

古市:残念ながら、それが実態なんですね。

田中:あとは会社に人的な余裕がないと厳しいとも思います。

僕の経験談を話しますと、妻が出産したのはちょうどセンター試験の日だったのですが、自分が立ち会えたのは、大学の試験監督には待機要員という仕組みがあり、気軽に代わってもらえたからというのがあります。

「穴を開けたら仕事が回らない……」と思ったらなかなか休めません。

古市:田中さんは男性学の立場から常々「男性は昭和の人のように頑張りすぎなくてもいいのでは」と主張していますよね。本当は、仕事に穴を開けてもいいくらいに思えればいいんですけどね!

日本では伝統的に、国より企業が「福祉」を背負ってきた

――保育園は足りない。男性の育休取得は進んでいない。こうした状況に対して、企業や国はどう手を打っていけばいいのでしょうか。また、将来的にはどうなっていくことが予想されると思われますか?

古市:友達のノルウェー人に聞いた話なんですが、彼らが通う学校では、親の強いコミットメントを求めるらしく、保護者会や親同伴のパーティが頻繁に開かれるというんです。

そのような時に、親は会社を休んで参加するのが当たり前。学校行事に振り回されることがいいのかはわかりませんが、日本でも両親が子どもの用事で気軽に会社を休めるようになるといいと思います。

【古市憲寿×田中俊之対談:前編】

田中:賛成ですね。子育てに関われなくなるのは、父親にとっても子どもにとってもよくない。現状はPTAにもほとんど女性しかいないですが、父親も地域づくりや学校活動に積極的に参加していくようになればいいと僕も思います。

古市:でも日本はそうはならない気がするんですよね。

現実的にはむしろPTAを丸ごと外注して、男女とも仕事に専念するという形になるのではないかと思っています。一方で最近は企業の中に保育園を作る例が増えてきてもいますよね。

田中:大学の中にも保育園を持っているところがたくさんありますね。

古市:戦後日本では、国というより企業が福祉を背負ってきた歴史がありますから、賛否両論はありますけど、企業が保育を背負うというのは非常に日本的で、あり得る未来ではないかなと思っています。

【古市憲寿×田中俊之対談:前編】

田中:親目線で言えば、同じ建物内に子どもがいるというのには安心感がありますね。熱を出したと聞いて1時間かけて遠くへ迎えにいくより、下のフロアに見に行けばいいというのはありがたいです。

古市:日本の育児環境が、フランスや北欧のようになるのかはわかりません。ただ、北欧でも専業主義が当たり前で、保育園が十分に整備されていない時代がありました。

それが労働力不足や働く女性の増加という現実に後押しされる形で、政治も動いてきた。まさに今、日本で起きていることと重なって見えます。そのような意味で、日本社会も変われないはずがないと思っています。


長い目で見れば、日本社会も仕事と育児を両立しやすい環境へと変わっていくはず。ただし現在30歳前後の女性からしてみれば、今直面している状況をどう乗り切るかが最大の関心事だ。後編では、そのために必要な個人の意識変革についてお二人に語っていただいた。


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「3歳児神話なんて真っ赤なウソ」働く女性たちが“昭和の価値観”にまどわされてはいけない理由

取材・文/鈴木陸夫 撮影/赤松洋太