「記者なのにこんな漢字も読めないんだ」何を言われても笑って受け流していた28歳の私へ【大木亜希子】
あの頃、迷っていた自分へ。今、同じように立ち止まっている誰かへ。仕事や人生でさまざまな選択をしてきた女性たちに、「28歳にいま伝えたいこと」を自由に綴ってもらいました。人生の先輩たちから届く、十人十色のエッセイ集。
28歳の終わりに、貯金残高が3万円を切った。
心身の不調から、それまで数年にわたり働いていた記者の仕事を辞めてしまい、食いぶちを失ったからである。
無職になった私は、その後しばらくのあいだ四畳半の小さな自宅アパートに引きこもりながら、
「一体どうすれば、この得体の知れない苦しみから抜け出せるのだろう」
といった自問自答を繰り返した。
しかし、すぐには答えが見つからなかった。
「元アイドルの、気が利く私」が自分を苦しめた
25歳の頃、女優やアイドルとして活動していた芸能界を引退し、一般企業で記者の職を得た。
芸能の仕事は月々の収入や仕事量が不安定だったが、会社員は決まった給料が貰える楽園だった。
実際に働き始めると培ってきた社交術を発揮し、営業職も兼任して広告の契約も獲れるようになり、前途洋々だったことは間違いない。
ところが、ひとたび「元アイドルの、気が利く私」をペルソナとして持ち始めると、その仮面は酷く自分を苦しめた。
自らに対して「今まで厳しい芸能界で戦ってきたのだから、弱音を吐いてはいけない」という呪いをかけるようになり、人付き合いにおいても常に嫌われないよう本音を隠すようになったからだ。
いつからか私は、知り合った人から結婚の有無や年齢について無遠慮な質問をされても偽りの笑みを浮かべるようになり、心の痛みを無視するようになった。
こうして感情を麻痺させることに慣れ続けていたある日、私は芸能経験のある記者としてメディアに出演する機会を得た。
番組は一人の司会者が進行を務め、さまざまなキャリアを持つ人物にフィーチャーをしていくというような内容だった。
既に表舞台からは引退していたが、記者という「今の肩書き」が活かせると思い出演を快諾した私は、収録当日、現場に行って驚いた。
司会者は終始スタッフに対して不機嫌な態度で、ゲストである私に対しても、ろくに挨拶すらしてくれなかったからだ。
さらには、こちらが本番前に台本に書かれていた漢字の読み方をスタッフに確認していると、
「記者なのにこんな簡単な漢字も読めないんだ。さすが元アイドル」
などという無礼な言葉を吐き捨ててきた。
その瞬間、これまでのキャリアを真っ向から否定された気がして頭が真っ白になり、すぐさま反論しようと思った。
しかし、結局のところ、わずかに逡巡をした後で引きつった笑みを浮かべるに留まった。
権力を持つ人物に嫌われることを恐れ、自分の感情を押し殺す選択をしたのである。
ひとたび本番が始まると、相手は一気に朗らかな態度に切り替わり、自らの職務を淡々と全うしていた。
あまりの変貌ぶりに驚きを通り越して呆れたが、最後まで私は抗議することが出来なかった。
「どうせ文句を言っても、何も変わらない」。
そう思い、感情を無にして受け答えをするしか、なす術がなかったのである。
自分の感情を無視し続けたある日、糸が切れた
その後も数年にわたり、自分の感情に蓋をする日々を続けた。
そうやって戦うことでしか、自分の心の守り方が分からなかったからだ。
そして三年後、前述の通り、仕事を辞めて自宅に引きこもる日々を送ることになった。
家から出られないあいだ「どうしてこんな目に遭わなければいけないのか」と悔しさでいっぱいになり、否が応でも自分の「本当の感情」と向き合わざるを得なくなった。
そして、苦しみの果てに分かったことがある。
それは「これまで自分を苦しめてきた要因のひとつは、『本音を言ってはいけない』という我慢癖だったのではないか?」ということだ。
長いあいだ私は、常に自分の考えに自信がなく、理不尽なことを言われても「これは怒って良いことなのか」ということすら分からなかった。
周囲との対立を恐れ、他者から心ない言葉を向けられても、「自分さえ辛抱すれば、すべてが丸く収まる」と思い込もうとしていた。
しかし、いくらそう言い聞かせても、実際のところ心は疲れ切っていた。
こうした感情を無視し続け、「本音や弱みを人に見せたら負け」と思い煩うあまり、いつの間にか限界に達してしまったのだろう。
あなたが「嫌だと感じたこと」は否定しなくていい
あれから10年以上の月日が流れ、作家として独立した今、明確に思う。
あの頃の私は、もっと自分が不快に感じたことに対して全力で抗議をしても良かった。
仮に、自分以外の誰かにとっては「そんなことは大したことではない」と感じる出来事だったとしても、自分が嫌だと感じたのならば、その思いを無理に否定する必要はなかった。
怖くても、躊躇っても、そのたびに自分の気持ちを確かめて自らの尊厳を守ってあげることが、本当の意味で私に出来た最大の防御だった気がする。
今、当時の私と同じようなことで苦しむ女性が目の前にいたとしたら、違和感を覚えた出来事に対して、「こんなことを感じてしまう自分はダメなんだ」と思わないで良いからね、と伝えたい。
続けて、こうも言いたい。
「嫌だと思うことは、嫌だと言って良い」
と。
そうやって身近にはびこる「理不尽」と戦っていくことで、人は自らへの信頼を掴み取っていくと私は思う。
あなたの周りに振りかかるデリカシーのない言葉の数々が、世界中からひとつ残らず消え去りますように。
私も私で、今日も自分の持ち場で、戦っていく。
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