【はあちゅう×鈴木涼美】「怒るのに疲れた」でも諦めたら“絶望した女と勘違いしたままの男”の構図は変わらない
現代において女性が直面している差別やそれが起こる背景、そこで感じた「怒り」にどのように向き合っていくべきか。プライベートでも親交があるという、ブロガー・作家のはあちゅうさんと、作家・社会学者の鈴木涼美さんに聞く本企画。前編では、それぞれの経験の中から、世の中に根深く存在する女性差別が見えてきた。
後半では、こんな世の中にどう向き合っていけばいいのか、お二人のお話から考えていきたい。

はあちゅうさん(写真右)
ブロガー・作家。1986年生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。在学中にブログを使って、「クリスマスまでに彼氏をつくる」「世界一周をタダでする」などのプロジェクトを行い、カリスマ女子大生ブロガーとして活躍。電通、トレンダーズを経てフリーに。著書に『半径5メートルの野望』、『通りすがりのあなた』など。近著『「自分」を仕事にするためにまず始めること』『1泊2日で憧れを叶える! サク旅 ~国内編~』。
Twitter:@ha_chu ブログ:http://lineblog.me/ha_chu/
鈴木涼美さん(写真左)
作家、社会学者。1983年生まれ。東京都出身。慶應義塾大学在学中にAVデビュー。東京大学大学院修士課程修了後、日本経済新聞社に5年半勤務した。著書に『「AV女優」の社会学 なぜ彼女たちは饒舌に自らを語るのか』『身体を売ったらサヨウナラ 夜のオネエサンの愛と幸福論』など。近著『おじさんメモリアル』、『オンナの値段』。
Twitter:@suzumixxx
もう疲れた。世の中の怒る女性へのリアクションはあまりにも的外れ
――はあちゅうさんは、理不尽なコメントに対しても、きちんと怒りを表明されたり、反応されていたりしますよね。
はあちゅう:そうですね……でも最近はもう、怒るのも疲れてしまいました。怒るってすごくパワーがいることじゃないですか。怒るのは、何かを変えられるんじゃないか、という期待があるからなんですけど、変わる気がない人や、価値観が違い過ぎる人は、何をどう言っても変えることはできないんですよ。
オンラインサロンなどのクローズドの場所に活動の軸を移したのも、変わらない人にエネルギーを使うよりも、変わる可能性のある人たちにエネルギーを使いたいと思っているからです。有料でサロンに入ってくれる人は、私の考えに共感してくれているし、変わることに対して意識が高い人たちなので。
鈴木:はあちゅうみたいな、少しずつでも世の中をいい方向に変えていこうという思いがある人が怒ってくれているうちが花だと思うんだけどね。私みたいに最初から諦めている人だけじゃなくて、はあちゅうすら怒ってくれなくなって……世の中は進化するチャンスを失っていると思う。

はあちゅう:怒れば怒るほど、ますます攻撃されるからね。
鈴木:怒っている女性に対する世の中のリアクションがあまりにも的外れで、そこは日本のフェミニズムの失敗。「おばさんが怒ってる」みたいな表面的な部分だけ捉えられて、フェミニズム自体に悪いイメージがついてしまった。はあちゅうもフェミニストだとは思うけど、それを表明することに対してあまりにバカな反応しかこないなら、意味がないと思い始めているわけでしょ。
はあちゅう:発言の本質的な部分が伝わらないまま、「怖い」とか「ブスが怒ってる」とか、イメージだけで批判される。そんなことが続くと、嫌になるな、と思うことはあるね。
女性差別に怒る女性もいれば、昭和のおじさんマインドの女性もいる
はあちゅう:あとは女性でも、「そんなことで怒るんですか」「私は男性に対して怒っていません」と男性側につく人も中にはいて。
例えば、事実婚を選んだ理由の一つには、「結婚したら女性は苗字が変わるのが当たり前」というところに対して疑問があったから。だから、「男性の苗字になるってロマンチックじゃない?」って言われたときは、どう返したらいいのかわからなくなってしまって。女性の外面を持っていながら、中身は昭和のおじさんのマインドを持っているような女性たちが、男性擁護についてしまうこともある。難しいなと思います。

鈴木:エッセイストの酒井順子さんが、そういう女性たちを「男尊女子」と表現していました。私も近いところはあるんですが、私の場合は男性相手にお金を儲けていたので、おじさんに好かれることで、自分に実利があった。だからそのポジションを取っていた、というのはあります。今はもう男性を相手にお金を稼いでいるわけではないので言いたい放題言ってるけど、女も一枚岩じゃない。
専業主婦にならないと困るという子もいれば、風俗嬢で男性から指名が取れないと困るという人も含めて、「女性」というくくりの中で変わっていく必要がある。もちろん男性も一枚岩ではないし、そこの多様性はある種仕方がないことだと踏まえた上で、どうしていくかですよね。
「女性は守るべきもの」そう教えられてきた男性も戸惑っている
――男性の理解を得るためには、女性側も男性を理解する必要があると思うのですが、そのあたりはどうお考えですか?
鈴木:男性側にも、悪気はないんですよ。私よりもずっと上の年代の男性たちは特に、「女の子は弱いものだから守ってあげなさい」と教えられて、育ってきたわけです。それなのにいつしか、「女の子はか弱くて守るべき存在だ」と言ったら批判されるようになった。女性に対して、「守らなければ」と「尊敬しなければ」の両方が今は求められていて、女性をどう扱ったらいいのか戸惑っている部分もあるんじゃないかと思います。

はあちゅう:「女性差別」と一言で言っても、必ずしも攻撃的なものとは限らないんですよね。「女の子なのに仕事を頑張っててえらいね」という言葉も、言っている側に女性を見下してやろう、という気持ちがないことはわかっているんです。でもその言葉から、仕事は男の役割で、女性は結婚したら仕事を辞めるものだ、という思想が根底にあるんだろうな、と感じます。
鈴木:私がかつて働いていた日経新聞社も、一昔前は女性は総合職や専門職ではほとんど登用されていなかったと思います。新聞社の中でも、女性の記者登用はかなり遅かったはず。でも時代の流れもあって、男性と同じポジションに女性を使わないといけない状況になって現在では毎年男性と同数ではないものの一定数の女性が男性と同じポジションで採用されます。しかし、それでも依然、震災があったときに女性を一人で被災地に取材へ行かせていいのか、など、どのくらいの温度感で女性を扱ったらいいのかがわからない人もいるんですよ。そうなると、面倒だから女性はこっそり採用で落とそうとか、受験のときに点数を引いておこうとか、よくない方向に向かってしまう。
女性が権利を主張するだけの状態では、かつてのフェミニズムの失敗が繰り返されるだけ。男性側が自発的に「女性がいた方がいい」と思う状況にならない限り、変わるのは難しいんじゃないかと思います。
はあちゅう:女性だからどうこうというよりは、シンプルに、お互いがお互いの足りないところを補っていこう、と考えられたらいいのかもしれませんね。例えば、私は車の運転ができないから、どこに行くにしても旦那が運転をしてくれるんです。でもそれは、私の負担を彼が持ってくれているということですよね。それなのに、私だけが家事をするのはおかしい!と怒るのは違うなと思っていて。お互いが相手のためにやっていることがあると思うから、そこをきちんと認識して、一回一回「ありがとう」と言うのは大切なことなのかなと思う。

鈴木:バランスだよね、結局。権利意識だけが強くてもだめで、相手に対するリスペクトがあった上で意見を伝えていくのがいいのかもね。
声をあげる、自分に力をつける。小さなことからでいい、まずは行動すること。
――仕事やプライベートなど、日々でいろいろな場面で女性差別を感じてモヤモヤを感じた時、女性たちはその気持ちをどのように処理したらいいのか。最後にお二人の意見を聞かせてください。
はあちゅう:まずは意見を表に出すことかな。仕事とか飲み会の場で違和感を持っても、その場で相手に直接言うのは難しいとは思います。でも、意見が表に出てこないと何も変わらない。匿名でTwitterに書くだけでもいいので、まず意見として世の中に見えるように出していかないと、誰の共感もサポートも得られないと思います。
鈴木:世の中に過度な期待をしないで、「この世は基本的にはバカばっかりだ」と思っておくのもいいと思いますよ。新しい価値観をきちんとインストールできていない残念な大人も多いので。でも、自分がその人たちに負けている状態だとバカにはできないので、粛々と自分の実力をつけることも必要です。

はあちゅう:あとは、難しいかもしれないけど、もしそこから一歩先に行けるなら、自分が影響力を持てる側になると意見を言いやすくはなると思います。去年の12月に『MeToo』運動の中で会社員時代のハラスメントを告発しましたが、あれも会社員のときだったら言えなかったと思う。
鈴木:実際は会社を変えるっていうのは難しいことだから、我慢してる女性の方が多いんだろうね。そもそもの現状として、今は「絶望した女と勘違いしたままの男」っていう構図になっていると思うんですよ。知り合いの会社員の女性は、お子さんがいて時短勤務だけどプロジェクトをバリバリまわしているような人なんですが、新人の男の子の方が査定はいい。でも、そこに対してもはや怒ってもいなくて、諦めてしまっている。「男尊女子」たちも、我慢し続けるのがつらいから、おじさんの前近代的な価値観を自分にインストールして、つらさを感じないようにしている。
「世の中を変えるのが生きがいです」みたいな社会活動家だったら別だけど、自分の生活を大切にしたいし、幸福追求の権利もあるし、ピリピリしてないで恋愛もしたいじゃない。諦めるのも「男尊女子」も処世術の一つなんだと思います。でも、全員がそれをやっていたら、進歩がないんですよね。自分は楽だけど、おじさんたちが勘違いし続けることになるし、他の女性たちも声をあげにくくなって、結局は「絶望した女と勘違いしたままの男」の構図が永遠に続くことになる。
はあちゅう:同じような違和感を自分の子どもや孫に受けさせたいかと考えると、変わってほしいなと思う。世の中を大きく変えるのは難しくても、自分の身の回りの小さい範囲なら、変えられるかもしれない。自分の力をつけるとか、違和感を口にしてみるとか、何かしらの行動を起こしてみると、そこからじわじわと変化が広がって行くんじゃないかな。そう信じたい気持ちはあるし、私もオンラインサロンや作家としての活動を通じて、自分の回りから少しずつでも変えていけたらいいなと思います。

■前編も読む
>>はあちゅうが叩かれるのは“女を使わない”から? はあちゅう&鈴木涼美が語る「女」の呪縛
取材・文/中村英里 撮影/赤松洋太 編集・構成/天野夏海