05 AUG/2022

自分に自信なんてなくていい。元過食症のプラスサイズモデル・吉野なおの「体重に支配された人生」変えた小さな試み

特集:サヨナラ“私なんて”

「私なんて……」つい口にしてしまうこの言葉。それを「私ならできる」に変えたなら……? 本特集では、常識にとらわれないチャレンジで自分らしいキャリアを切り開いた女性たちのストーリーをお届けします

摂食障害に苦しんだ過去を乗り越えて、女性ファッション誌などでプラスサイズモデルとして活躍する吉野なおさん。

吉野なおさん

かつては自分の見た目に自信が持てず、「私なんてどうせ何をやっても無理」と、恋愛に仕事に、さまざまな場面で可能性を閉ざしてきたという。

ただ、モデルになって9年目を迎えた彼女は「今も自分に自信なんてない」と言いつつも、「人生を楽しめるようになった」と笑顔を見せる。

ファッションモデルはあらゆる職業の中でも容姿がものを言う世界だ。その世界に身を置きながら、彼女はなぜ挑戦を重ね、自分らしく生きられるようになったのだろうか。

「痩せてない私にはどうせ無理」体型コンプレックスが狭めた自分の可能性

私は4人きょうだいの末っ子なのですが、幼い頃から兄たちと自分を比べる癖がありました。勉強も、スポーツも、芸術も、見た目も、得意なものや誇れるものが何一つない。幼少期から「劣等感の塊」みたいな子どもでした。

中学校に入ると、自分の体型に対するコンプレックスがますます強くなっていき、高校生になると、仲のいい友達と自分を比べては落ち込んでばかり。

「なんで友達には素敵な恋人ができているのに、自分は恋愛もうまくいかないんだろう。きっと太っているからだ」なんて卑屈になったりして。

吉野なおさん

実際、当時好きだった男性から「もっと痩せてほしい」というプレッシャーをかけられたことがありました。それをきっかけに、無理なダイエットをするようになり、なんと30kgも痩せたんですよ。

とにかく食事を減らして減量することを優先した状態だったので、健康状態も最悪でしたが、私にとっては痩せることが大事で。結局、その反動で過食症になりました。

当時は「痩せなきゃ」ということばかり考えていて、自分の人生が体重に支配されているような感覚。無理なダイエット経験とリバウンドを経て、より体型コンプレックスは大きくなり、生活や仕事にも影響していました。

吉野なおさん

例えば、接客の求人を見て「いいな」と思っても、規定の制服があると「私が着られるサイズの制服なんてないだろうから無理だ」と問い合わせたわけでもないのに自分で決めつけて諦めてしまうんです。

さらに、働き始めてからも、人間関係で悩んだり、仕事がうまくいかなかったりすると、過食衝動がより加速し、「また醜くなった」と思い悩む日々。

食べている間は安心するのですが、食べ終わった後は罪悪感にかられるんです。体重はさらに増え、負のループに陥っていきました。

「食べてはいけないと分かっているのに、なぜ食べてしまうんだろう?」「痩せていない私は美しくない」20代前半の頃まで、ずっとそんなことを思い悩みながら過ごしました。

「楽しく生きることに、体重って重要じゃないのかも」変えたのは、体型ではなく価値観

そんなネガティブ思考から抜け出すきっかけが訪れたのは、20代半ばに差し掛かった時でした。

当時はとある企業で事務系の仕事をしていたのですが、業務の一環でたくさんの人のプロフィール写真を見る機会がありました。

何百人、何千人もの個性豊かな人々の写真を見ているうちに「人って全員見た目が違うんだな」という当たり前のことに気が付いたんです。

私はそれまで「痩せないと人生はうまくいかない」「太っていたら誰にも必要としてもらえない」と思い込んでいたのですが、プロフィール写真なので、ぽっちゃりした女性も素敵な笑顔をカメラに向けていて。

それを見ているうちに、「もしかして、楽しく生きるために体重ってさほど重要じゃないんじゃないの?」と気付いたんですよ。

さらに、「私はこれまでみたいに自分の体型に悩み続けたまま、おばあちゃんになっちゃうのかな?」なんて考えた時に、「それってすごく損じゃない?」とも思って。

それを機に「自分を受け入れたら、どうなるんだろう?」と考えて、少しずつ小さな試みを行ってみることにしました。

吉野なおさん

まず、「痩せたら着よう」と思ってとっておいた服を全て捨て、代わりに今の自分に合ったサイズの服を買いに行きました。

食べる物についても、本当は食べたくないのに「カロリーが低いから」とか「栄養バランスがいいから」という、外からの情報で決めたものではなくて、「今、何を食べたいのか」「何を食べれば心が満たされるのか」を自らの心に問い掛けて、それを自分に食べさせてあげるようにしたんです。

カレーが食べたいと思ったとき、家にカレーがなかったとしても、代用品で済ませるのではなくてちゃんと材料を買いに行って手をかけて作ってあげる、とか。

食べたいものを手間ひまかけて自分に与えるようにしたら、達成感も湧いて不思議と「普通に食べる」ことができるようになり、気づくと過食症を克服することができていました。

「痩せなきゃ」と決めつけて、自分の気持ちを無視して無理やり食事を制限するのではなく、とにかく今の自分の気持ちを大事にすることを最優先にした結果かな、と思います。

それからは、自分の体を変えるよりも、自分の価値観を変えるために行動することを大切にしました。

例えば、InstagramなどのSNSでは、女性の場合、痩せている方やダイエット情報の投稿が目立ちますよね。でも、少し視点を広げて海外にまで目を向けてみると、さまざまな体型の人が自信に満ち溢れた表情で自己表現をしている。

そうやって自分の視野を広げながら、少しずつ体型や生き方に対する価値観が変わっていきました。

プラスサイズモデル9年目「成功より失敗を積み重ねた方が、強い自分になれる」

吉野なおさん

過食症を克服できたことで、「同じ悩みを持つ人に、この経験を伝えたい」と考えるようになりました。

そんな時、ちょうど『la farfa(ラ・ファーファ)』(文友舎)というプラスサイズ女性のためのファッション雑誌が発売されることになり、モデルを募集していることを知ったんです。

体型にコンプレックスを持っていた頃、私にとって、ファッションは悩みの種の一つでした。雑誌に出ているのは痩せたモデルさんばかりだったので、サイズが無くて着こなしが参考にならなかったし、どこで服を買えばいいのか分からなくて。

でも、私がモデルをやることによって、かつての自分と同じような悩みを持つ読者の役に立てるかもしれない。そんな思いで、モデルに挑戦してみようと決心しました。

気付けば、モデルになってもう9年。これだけ続けてこられたのは、「失敗してもいい」「私だからこそ出来ることもある」と自分に言い聞かせていたからかもしれません。

吉野なおさん

よく、自信をつけるには「小さな成功体験を重ねなさい」という言葉を聞きますが、私はむしろいきなり成功を目指さず「小さな失敗」を重ねた方が強くなれると思っていて。

失敗したら、自分の経験になるから、どうしたらうまくいくか考えますよね。結果、自分なりのルートをつくっていくことができる。

私もモデルになった当初はファッションやメイクに詳しくなかったので、今見返すと「変だな……」と思うコーディネートもいっぱいしてきました(笑)

でも、その都度スタイリストさんやメイクさんの技術をお手本にして取り入れながら、たくさんのことを学んできました。

だから、「やるからには成功しなきゃ」と失敗を恐れて頭の中で考えて終わってしまうのではなくて、とにかく実践してみることが大切だと思います。

まずは自分の長所を知る、自分の心の声を聞くことから始める

吉野なおさん

私もかつては、自分に自信なんてまるでありませんでした。ただ、今でも特別自分に自信があるわけではありません。

あと、そもそも、自分に自信を持つ必要なんてないとも思うんです。みんながみんな自分のことが大好きで、自信たっぷりになんてならなくていい。

でも自分に自信がない人もやりたいことや好きなことにはどんどん挑戦したらいい。自分のことを好きになって自信をつけてからじゃないと何もできないなんてことはないですからね。

吉野なおさん

どうしても一歩踏み出す勇気が出ないのであれば、身近な人の力を借りてみるのも一つの手かも。友達や家族、恋人など信頼している人に、「私のいいところはどこだと思う?」と聞いてみるとか。

私もパートナーに聞いたことがありますが、「なおは分からないことがあったら自分から調べて学んでいくよね。向上心があってすごいよ」と言われてびっくりしました。

自分では気付けていない長所が見えてくるから、きっと少し勇気が湧いてくるはずですよ。

体型コンプレックスに悩んでいた頃の自分に言いたいのは、「自分を嫌いなままでもいいから、『これはできない』なんて決めつけずに、やりたいことをやってみて」ということ。

小さな失敗を重ねることは経験として許容して、自分がやりたいことにまっすぐに取り組む方が、絶対に人生は楽しくなると思います。

吉野なおさん

吉野なお(よしの・なお)
1986年生まれ。日本初プラスサイズ女性向けファッション誌『la farfa(ラ・ファーファ)』(文友舎)専属モデルとして活躍中。モデルネームは「Nao」。摂食障害の経験についてメディア取材に応えるほか、イベント・学校などで講演やワークショップなども行う。自身の経験を元に、生き方の多様性を訴えることや、体に対する心のあり方、社会の価値観について考え、自己否定に悩む女性のための啓発活動をライフワークとしている Twitter:@cheese_in_Nao Instagram:@naopappa

取材・文/キャベトンコ 撮影/洞澤 佐智子(CROSSOVER) 編集/秋元 祐香里・関口まりの(ともに編集部)