三大メガバンク初の女性副頭取・工藤禎子が40年の行員人生で気付いた「キャリアの遠回り」の重要性
「もう辞めた方がいいのかな」と考えた時期もあった——。
2024年に三大メガバンク初の女性副頭取に就任した、三井住友銀行の工藤禎子さん。彼女の約40年にわたる銀行員としてのキャリアは、決して一直線ではない。
望まない異動で得た新しい視点。海外で十数カ国の人と働いて知った、違いが組織を強くすること。「遠回り」がもたらす価値は、その渦中では分からないと話す。
彼女は、思い描いた道を外れた経験を、どのように自分だけの強みに変えてきたのか。三井住友銀行が特別協力する、2026年10月16日(金)公開の映画『わたしの知らない子どもたち』への取り組みと合わせて、工藤さんの仕事人生をたどった。
三井住友フィナンシャルグループ 取締役 代表執行役副社長 グループCCO / 三井住友銀行 代表取締役 副頭取執行役員 工藤禎子さん
慶應義塾大学卒業後、1987年に住友銀行(現・三井住友銀行)入行。支店勤務を経て、プロジェクトファイナンス、環境関連ビジネス、成長産業分野の成長支援などに従事。2021年から三井住友フィナンシャルグループ取締役執行役専務、24年より現職
好きな仕事を離れて初めて見えた「自分だけの価値」
私は1987年、住友銀行(現・三井住友銀行)に女性総合職の1期生として入行しました。
よく「ロールモデルがいなくて大変だったでしょう」といわれますが、前例のない道を進むこと自体は、大きな困難とは感じていませんでした。周囲にも恵まれ、性別を意識せずにのびのびと働かせてもらえていたんですね。
それよりも私にとって難しかったのは、思い描いていた道とは異なる役割を任された時、そこでどう前を向き続けるかということでした。
私が銀行員として長く携わってきた領域は、特定の事業に融資し、そこから生まれるキャッシュフローを返済原資とする「プロジェクトファイナンス」です。
私はこの仕事がとても好きで、より専門性を深めたいと考えていたのですが、ある日、別の部署へ異動することが決まりました。
好きな仕事を離れた当初は、キャリアが不意に途切れたように感じてしまって。「このまま働き続けていいのだろうか」「もう辞めた方がいいのかな」と考え、十分に力を発揮できなかった時期もありました。
それでも、目の前の仕事に向き合ううちに、少しずつ見える景色が変わっていきました。
例えば、異動先の審査部では、融資案件を進める側から、判断する側へと立場が変わりました。そこで組織の中で意思決定がどう進むのか、判断する側にはどんな説明が伝わりやすいのか、あらかじめ誰と認識をそろえておくと話が進みやすいのかが見えるようになったのです。
そして40代で再びプロジェクトファイナンスの領域に戻った時、「これまでの経験は無駄じゃなかったんだ」と初めて分かりました。
周囲には、ずっとプロジェクトファイナンスの専門性を磨いてきた人が多くいました。一方で、異なる部署から組織や仕事を見る視点は、私だからこそ持てるものになっていた。遠回りに見えた時間が、自分なりの価値に変わっていたのです。
「多様性」とは本来面倒くさいもの
さまざまな仕事や立場を経験する中で、「周囲とは異なる視点を持つこと」の価値を実感してきましたが、それは組織全体の多様性にも通ずる考え方です。
だからこそ、2024年に副頭取に就任した際、「三大メガバンク初の女性副頭取」と大きく報じられたことには、「そんなに?」とむしろ驚きました。
当時、他業界にはすでに女性の役員や社長が多くいらっしゃいましたし、私自身も性別を強く意識する場面はなかったからです。
それだけ銀行は、世の中から「堅い」「保守的」、とりわけ女性に対して古い組織だと見られているのかもしれません。
銀行にとって最も大切な財産は「信頼」ですから、堅く見えること自体は悪いことではありませんが、時代に合わせて変わっていることは発信していかなければならないなと、改めて気付かされました。
女性活躍やダイバーシティって、きれいな言葉で語られがちなテーマではありますが、本来は「多様性」って面倒くさいものなんですよ。
「あうんの呼吸」で分かり合えるわけではありませんし、意見が違えば衝突もする。もちろん時間もかかります。
それでも、その過程があるからこそ、組織は強くなれるのだと思います。
私が多様性の力を実感したのは、若手時代に香港で働き、十数カ国の人たちと一緒に仕事をした経験です。
異なる背景や視点を持つ人が集まると、自分だけでは気付けなかったことが見え、新しいものが生まれます。危機に早く気付く力や、問題が起きた後に立て直す力も、組織の中にさまざまな視点がある方が高まるはずです。
多様性というと、性別や国籍の違いに目が向きがち。でも、私自身が望まない異動から別の視点を得たように、同じ人の中にも、異なる仕事や立場を経験することで多様な視点が育っていきます。
人と人との違いだけでなく、一人一人がさまざまな経験を重ね、複数の視点を持つこともまた、組織を強くする多様性の一つなのではないでしょうか。
銀行と映画。異なる世界が交わることで生まれる価値
異なる経験や視点が、新しい価値を生む。それは、個人のキャリアや組織づくりに限った話ではありません。これまで接点がないように見えた世界同士が交わることでも、社会に新しい可能性が生まれると考えています。
私たちSMBCグループは、「社会的価値の創造」を経営の重要テーマに掲げています。そう聞くと、寄付やボランティアのような、本業とは別の活動を思い浮かべるかもしれません。
しかし、私たちが目指すのは、本業の金融を通じて人や企業を支え、暮らしや社会の持続的な成長につなげること。社会的な価値と経済的発展を両立し、「幸せな成長」をつくりたいと考えています。
その実践の一つが、三井住友銀行として初の試みとなる、現在公開中の映画『わたしの知らない子どもたち』への特別協力です。
本作は、戦後間もない日本を舞台に、家族や居場所を失った子どもたちを描く物語。
本作の監督とご縁があり、「戦争をしっかり伝えたい。ただ、見る人が心を閉ざしてしまうかたちではなく、受け取ってもらえる物語として届けたい」という思いを伺いました。その考えに深く共感しましたし、過酷な状況でも希望をつなぐ子どもたちの姿を通じて「次世代に何を渡すのか」を問い掛ける物語が、私たちの考える社会的価値の姿と重なったのです。
また日本映画は世界に誇れる文化である一方、産業として次代へつなぐには、資金面や作り手不足などの課題が残ります。それならば、金融機関として支えられることがあるのではないか。この作品が、銀行として映画産業を支える入り口になればと考えています。
さらに今回は、子どもたちが撮影現場やCG、アフレコ、映画音楽など、映画づくりの現場に触れるワークショップも実施しました。
映画『わたしの知らない子どもたち』の特別協力では、子どもたちの視点から“戦後”を見つめる映画づくりと、未来へつなぐワークショップを実施した。写真は撮影現場の見学風景。
私が参加した楽器の体験会では、最初は戸惑っていた子どもたちが、実際に楽器に触れて音を出した瞬間、ぱっと楽しそうな表情に変わったことが印象に残っています。文字や映像で知るだけでは得られない、実体験の力を感じました。
次世代の子どもたちが新しい世界に触れ、自分の可能性を試す体験は、未来の選択肢を増やします。それがいずれ産業や文化を発展させ、巡り巡って銀行への利益にもつながる。社会的価値の創造は、本業の外にある特別な活動ではなく、経済的な価値とつながっているのです。
キャリアの価値は、歩いている途中では分からない
私自身のキャリアを振り返っても、遠回りする経験の価値は、その渦中では分からないものだと実感します。
長く続く人生の中では、誰しも思い描いていた道とは違う場所に立つことがあるはず。でも、すぐに「これは不正解だ」と決めつけず、一つずつ目の前の仕事をやり切る。振り返った時、その道でしか得られなかったものに気付くことがあります。
だからこそ、これからを生きる20~30代の方たちにも、まずは一歩、動いてみてほしいですね。違うと思えば戻ればいいし、別の道を歩けばいい。私もそうやって、時にはガチャガチャと動きながら、自分の道をつくってきたのかもしれません。
そして今なら、AIを使いこなして仕事を効率化して生まれた時間を、自分で感じ、考え、新しい経験をするために使ってほしいです。
本を一冊じっくり読む。知らない土地を歩き、その場の匂いや空気を感じる。仕事でも、Web会議だけで済ませず、時には現場に行ってそこで働く人を見る。映画なら倍速で見るのではなく、音楽や間合いまで味わう。
そんな実体験が、自分の中に新しい視点を増やしてくれます。
心が震えるような体験は、すぐ仕事の役に立つとは限りません。でも、苦しいことがあった時、自分の深いところに残った感覚が支えになったり、そこから新しいものを見つける力が生まれたりすることがあります。
すぐには意味が見えなくても、遠回りに見えた道も、振り返れば自分にしか描けないキャリアの輪郭になる。その積み重ねが、いつか自分の挑戦を支える強さになるはずです。
取材・文/大室倫子(編集部) 撮影/赤松洋太
【三井住友銀行が特別協力】映画『わたしの知らない子どもたち』10月16日(金)全国公開
あの日を生きた子どもたちの煌めき——その時代を生きた誰もが、未来をつないでいた。
1945年、終戦。戦争で家も家族も失った12歳の少女・琴子は、生き抜くために性別を隠し、少年「吉田茂男」として戦後の東京を生きることを決意する。
同じ傷を抱える少年たちと出会い、初めての「居場所」を見つけた琴子。一方、彼女を探す元担任教師の文美子もまた、生きる意味を取り戻していく。
戦争に翻弄されながらもたくましく生きた子どもたちと、彼らの命を明日へつないだ大人たちの姿を描く、希望の物語。
【出演者】
小八重葵美 二階堂ふみ
坂東龍汰 櫻井海音 花瀬琴音
羽山由一郎 小林丞之介 岩田龍門 渋谷そらじ 武内ひなた
北村有起哉 吉田 羊 竹野内 豊
岡田准一 / 田中裕子 役所広司
【スタッフ】
原案・脚本・監督 :西川美和
音楽:原摩利彦
撮影:笠松則通 照明:宗賢次郎 音響:白取貢 特機:上野隆治 美術:三ツ松けいこ 装飾:須坂文昭
衣裳デザイン:小川久美子 衣裳:岩﨑文男
ヘアメイクデザイン:酒井夢月 スクリプター:田口良子 編集:菊池智美 音響効果:北田雅也
キャスティング :田端利江 、山下葉子
助監督:中里洋一 制作担当:山内遊 VFX スーパーバイザー:上田倫人、髙橋正紀 音楽プロデューサー:杉田寿宏
ラインプロデューサー:横井義人
製作:紀伊宗之 プロデューサー:小出大樹、伊藤太一
製作・配給:K2 Pictures 共同製作:AOI Pro. 企画:分福 制作プロダクション:AOI Pro.
©︎2026 K2 Pictures・AOI Pro.
公式サイト:https://k2pic.com/film/wsk/
公式SNS:https://x.com/wsk_movie


